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2016年5月

2016年5月29日 (日)

iPhone写真集-21-

120iphon1605230008 中川繁夫のホームページです

勝又くにひこ氏の個展会場ギャラリー富小路へいきました。

フロアーレクチャーの最中だったので声をかけることなく聞いていました。

そののちにはIMI生だった三木学氏、秋丸知貴氏とも巡り会えました。

手前の女性は大学の事務の人と聞いたが名前はわかりません。

いずれの方もぼくのアルバム「肖像写真」に追加させていただきました。

気まぐれ芸術論

2016年5月26日 (木)

iPhone写真集-20-

120iphon1605230002 中川繁夫のホームページです

このブログへ来て書こうとすると、文字入力できなかったです。

いま、来てみて、書きだすと書けるじゃないですか。

阿弥陀如来の印です。

戌年には阿弥陀如来が、お守りになるお方なのだとか。

何かの折に、この印をつかわせてもらおうと思います。

2016年5月23日 (月)

iPhone写真集-19-

120iphon1605060013 中川繁夫のホームページです

iPhoneで撮るカメラはかなりの接写ができますね。

これは鰻丼ですがピントがしっかりきています。

重宝しています。

iPhoneのカメラって、これがカメラかと思う存在感がない。

でもその性能と機能についてはたいしたものだ、と感心します。

気まぐれ芸術論

2016年5月19日 (木)

iPhone写真集-18-

120img1605190001 気まぐれ芸術論

ケンプのピアノソナタを聴いています。

1964年に演奏のベートーベン、ピアノソナタです。

三島由紀夫の決起と題した写真を見つけました。

1970年11月25日とあります。

市ヶ谷の現在は防衛省になっている駐屯地のバルコニーでの演説。

このあと自決、つまり決起しなかったから、自らの死を選んだ。

そうゆう時代があったのか、いま、決起しなくても戦争の危機に近くなった。

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2016年5月16日 (月)

iPhone写真集-17-

120iphon1604160054 気まぐれ芸術論

iPhone写真集と銘打って連載しているところですが、試行錯誤です。

載せている写真の正方形はインスタグラムのカメラで撮ったものです。

ぼくの好みによっているわけで、深い意味はありません。

さて、ということでイメージの統一性がない。

群でもなく組でもなく単写真の羅列。

ほぼ撮影した写真は内蔵の加工ソフトにより加工しています。

加工の範囲は色とかですが、トリミングはしません。

インスタグラムのカメラは単焦点でズームが利かないんですね。

それはそれでいいんですが、写真集としていくのに試行錯誤中なのです。

試行錯誤はこれだけじゃない、どうしたもんでしょうかね。

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2016年5月15日 (日)

iPhone写真集-16-

120iphon1605060007 気まぐれ芸術論

人物を写真にすることへの興味は尽きません。

人物の写真といっても様々な人物像があるわけですが。

この人は、着衣で撮られることを了解してもらっています。

肖像写真のシリーズをこの10年ほど続けていて350人ほどです。

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2016年5月12日 (木)

iPhone写集集-15-

120iphon1605060021 気まぐれ芸術論

バックハウスのベートーベンピアノソナタを聴いています。

そのせいかここの入力が困難です。

相性が悪いのでしょうか、もう終わりました。

サクサクと入力できない、昔みたいなスピードです。

もう、終わりました。

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2016年5月11日 (水)

iPhone写真集-14-

120iphoto1605110012

気まぐれ芸術論

iPhoneについているアプリの「カメラ」に、パノラマというのがあります。

どのようになるのだろうと使ってみました。

左から右へ、180°以上が一枚の横長の静止画となって出来上がりました。

そういえば昔、カメラ好きだった父親が、風景を撮って切って横長にしていた。

パノラマ写真、それがいま、iPhoneで即座に出来上がるというのです。

なかなか、面白いな、人間の見たい欲望を、広げて見せられた感です。

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2016年5月 6日 (金)

iPhone写真集-13-

Img_7865 気まぐれ芸術論

阪急電車の茨木市駅、京都方面行きのホームです。

駅のホームの光景を、けっこう写真にとることが多いです。

そこには自分がいたという存在証明のようなもの痕跡があるから。

この痕跡状況は、文字による表示に頼っています。

それとiPhoneで撮った写真の痕跡は日付と場所が隠れて記録されています。

写真ですから静止画ですが、写真とは何たるものか、の答えのひとつ。

記録、自分への記録、自分の存在した証、これはすべて自分に向けられる。

自分の顔かたちが映りこんでいない自画像みたいな写真かなぁ。

写真としてのインパクトはないですが、自分自身への記録ですね。

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2016年5月 5日 (木)

iPhone写真集-12-

120iphon1604160012 中川繁夫のホームページです

枝垂れ桜が咲いた庭の光景です。

気まぐれ芸術論