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2016年6月

2016年6月30日 (木)

iPhone写真集-31-

Img_9233中川繁夫のホームページです

iPhoneで撮った写真をアップしているところです。

この写真を撮ったソフトウエアはプロカメラというアプリです。

ネットで有料で手に入れたアプリケーションです。

このアプリで、撮影した写真を、さまざまに変換できるんです。

ノーマルで撮った写真が、すぐさまです。

ほぼその場で、このような作品に仕上がります。

これは松屋の牛めし並、味噌汁付きで290円、廉価だから、食べました。

写真集:食物図鑑を制作していますが、その一部を構成するイメージです。

気まぐれ芸術論

2016年6月27日 (月)

iPhone写真集-30-

120ophon1606240080 中川繁夫のホームページです

観光ポスターに高御座が被写体として使われている。

キャッチコピーは、日本に京都があってよかった、というやつ。

高御座って、天皇が即位するときに座る輿みたいなやつ。

京都御所の紫宸殿に置かれているのを遠くからみた。

即位される前、なにやら契り?をして、それで天皇になる空間かな。

なんだか、こんなことを話題にしていてもいいのかなぁ、とも思う。

うかつな発言は、恐れ多くて、どうしたものかと思うんです。

でも、最近の私は、どうも神社仏閣とか、神仏の居る処に興味が来ている。

見たい知りたいと思うのは、この世の光景から見るあの世の光景、かなぁ。

想像力、イマジネーション、そういう脳のはたらきのところ。

気まぐれ芸術論

2016年6月23日 (木)

iPhone写真集-29-

Img_9110_2 中川繁夫のホームページです

iPhoneをもってヨドバシカメラへ行って写真集を作った。

自動作成機にコードをつなぎ操作は手順に従って行う。

それから一時間半後に写真集ができあがってきた。

12点の写真を自動で並べてくれて写真集にしてくれる。

優れた機械だと思う。

写真は、その一枚、今日の昼の宴席で撮った料理の一部です。

題して「風景論」その1です。

2016年6月19日 (日)

iPhone写真集-28-

120iphon1605230031 中川繁夫のホームページです

神様には名前がつけられていて、住まいがあります。

人間たちが創った場所ですが、神社、神の家です。

広い部屋の神、狭い部屋の神、長屋住まいの神、いろいろです。

ようくわからない世代にいるぼくは、神の物語をあんまり知らぬ。

そういえば、仏の世界もよくわかってないなぁ、ぼくの怠慢ですかね。

気まぐれ芸術論

2016年6月15日 (水)

iPhone写真集-27-

120iphoto1606040122_2中川繁夫のホームページです

自宅周辺シリーズの一枚です。

見慣れた風景ですが、誰が住んでいるのかわからない。

都会というのは顔見知らないところが都会らしい。

でも、隣人がだれだかわからないというのも寒々しい。

人を恋して、街を歩くけれど、見慣れた風景に人がいない。

ものがたり

2016年6月13日 (月)

iPhone写真集-26-

120iphon1606010021 中川繁夫のホームページです

自宅周辺というタイトルで写真を撮った時期があった。

ポラロイドカメラで、一枚完結のシリーズだった。

1980年の頃だったから35年も前の話だ。

インスタグラムというiPhoneで撮る写真SNSがある。

そのカメラを使って、最近、自宅周辺を撮りだしたというわけだ。

気まぐれ芸術論

2016年6月10日 (金)

iPhone写真集-25-

120iphon1606010022 中川繁夫のホームページです

手前がガレージ、家が二層になっていて、奥の方が我が部屋外観。

みすぼらしい、トタン張り、クーラーがあるのがわかります。

右には樹が、これは沙羅双樹、夏椿とも呼んでいます。

沙羅双樹といえば平家物語の冒頭に出てくる句ですね。

白い花、白椿ですが、朝に開いてポトンと落ちます。

儚い花の命、これが平家の滅亡を暗示している、というのかな。

窓が少し開いてる、観葉植物があり、その向こうが書斎です。

見慣れた光景ですが、決して素晴らしく感動する絵じゃないですね。

世の中って、こういうことの積み重なりなんだ、と悟ったように言う。

気まぐれ芸術論

2016年6月 5日 (日)

iPhone写真集-24-

120iphon1606010004 気まぐれ芸術論

見知った街の風景なのに、見過ごしてしまうことばかり。

バス停の降りる処の前にあるアンティークの店、その入り口。

ぼくの京都にはそぐわないなと思っていたけど、iPhoneの世界だ。

これまでに写真化しなかった風景が、ここでは出来ていく気がします。

本音では、写真に言葉はいらぬ、と思っているけど、文をつけています。

イメージとは、関係ない文章を心がけています、バッハがいい。

音楽のことを取り上げるのは、耳で聴く領域だから、意味ない。

と思いながらも、音楽のことを取り上げることが多いですね。

バッハがいいね、といっても何をさしていいねと言ってるか。

バランス、整合性、アンバランス、不整合性、言葉も難しい。

音楽、映像、文章、これをブログとホームページで包む芸術作業。

芸術作業って、どういうことなのか、を問わないといけないな。

内容のことを問題にしなければいけないな、形式ばかりじゃないか。

中川繁夫のホームページです

2016年6月 4日 (土)

iPhone写真集-23-

120iphon1606010024 中川繁夫のホームページです

バッハの音楽の区分、分類のことがよくわからない。

ここで、いま、日本語入力していて、できます。

昨夜、これが入力できなくて、空白のまま、公開にしていました。

いま、追加で、この文章を書いています。

で、バッハの音楽を聴きだしたのは、かなり年を取ってからです。

トッカータとかフウガ、なんて子供の時に聴いて、オルガン曲だな、と。

でも、バッハ、音楽史もここから始まるし、その偉大さには驚嘆です。

繊細ですね、音の連なり、ピアノがなかったころだから、繊細なのか。

G線上のアリア、これはヴァイオリン、G線だけで奏でる、中学生で聴いた。

気まぐれ芸術論

2016年6月 2日 (木)

iPhone写真集-22-

120iphon1606010033 中川繁夫のホームページです

どうしても食べ物を撮ることが多いから載せるのも多いと思います。

無難だし、生活本能だし、写真の被写体にするには都合がよろしい。

鱧、はもという魚が巻かれただし巻き、京都の食べ物かも。

気まぐれ芸術論